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阪神淡路大震災メモリアル集会の報告

1月17日(金)、神戸市の神戸市勤労会館で「東日本大震災被災地と結ぶ阪神・淡路大震災19年メモリアル集会」が開催され、兵庫国道分会を中心に、多数の組合員が集会に参加しました。


◆阪神・淡路大震災と東日本大震災の大きな違いは「原発問題」
 19年目の1月17日に開催された阪神・淡路大震災メモリアル集会。当日はマスコミも朝から夜まで様々な特集を組んでいました。ニュースでは復興住宅入居者の退去問題がよく取り上げられており、メモリアル集会での報告もこの退去問題が中心となりました。
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集会では、復興兵庫県民会議の岩田さんから復興住宅からの立ち退きに関す現状の報告を中心に1年間の活動報告があり、続いて行われた原発問題の全国センターの伊東さんの記念講演では、「阪神・淡路大震災と東日本大震災の大きな違いが原発である」として、福島原発の地元の状況についての報告がありました。
 伊東さんの報告には、政府・自治体と原発業界が徹底した「原発安全教育」を継続的に行った成果か、今回の被災地住民の20歳代では、原発容認意見が多いということ、逆に高齢者では原発反対が多いということや、現在、東電は、地震・津波は想定外だから東電に責任は無いという姿勢を崩していないということがありました。
 あわせて、福島県郡山市から大阪に母子避難し、原発賠償関西原告団の代表になった森松さんから、訴え・報告がありました。

◆知人から聞かされた「一度福島を出ればわかる」という言葉の意味を実感
(森松さんの報告より)
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・強制避難区域ではないのと家計のため、夫は現在も福島県で仕事を続けている。
・震災、原発事故後、避難所で避難生活をしていた。避難所での生活は、大変だと聞いていたし、実際大変だった。しかし、政府やマスコミ報道を信じて、「我慢していれば安心して元の場所で生活できる」と思っていたし、「原発に近い場所から順番に避難させてもらえる」と信じていた。
・4月から長男が幼稚園に入園するのを契機に、普通の暮らしをしたいと考え、避難所を出て民間住宅へ入居し、新しい生活をスタートさせた。
・それが、「違和感だらけ」「避難所を上回る悲惨な生活」の始まりであった。
・入園式では園から「たくさん写真を撮っておいてください」「明日からは、長袖・長ズボンでお願いします」と説明され、子供達にマスクが配られた。マスクは外に出るときに着用させるものであった。
・放射線対策としての長袖・長ズボンとマスク着用であって、子供達は運動場で遊ぶこともできず、狭い屋内でばかりの園生活となった。
・当時ゼロ才の長女にはマスクの着用もできず、園の送り迎えには苦労した。園の休みの日には、外で遊ばせるために高速道路で他県の公園まで通った。
・外で遊べない子供と、「がまん」するようにしか言えない親の間にもストレスがたまり、精神的にも不安定になっていた。
・もともと関西出身であったので、GWに親戚の家に遊びに来た。これを機に、夫のすすめもあり、大阪で母子避難を続けて3年目となる。
・関西に来て一番ビックリしたのが、原発事故をめぐる報道内容である。関西では、チェルノブイリ事故などの前例と比較した、客観的な事実を報道していたが、地元福島での報道内容は、「ここの店がオープンした」「復旧がここまで進んだ」といった内容ばかりであり、客観的事実が報道されていなかった。
・私は、震災・原発事故直後に県外に避難した人たちは「パニックを起こしているのだ」と自分に言い聞かせていた。
・そういった避難した人たちと連絡を取ると「一度、福島を出てみればわかるから」と度々言われていたことが関西に来てから理解できた。
・母子避難後も、いろんな実態が明らかになってきている。私たちが生活していた場所の水道水からも放射能が検出された。しかし、飲まなければ生きてゆけなかった。子供達に将来、何らかの影響が出ることは覚悟している。親の責任として受け止めていく。
・健康調査に関する連絡等が途絶える可能性があるため、私と子供の住民票は福島に置いたままにしている。
・憲法の基本的人権が回復され「ふつうの暮らし」を取り戻すため、原告団に加わった。この原告団には、ゼロ才から小学生までの子供も含まれている。
・最大の被害者となったのが子供たちであり、避難できた子供も、できていない子供も日本の将来を担う大切な宝である。
・「おかしいことはおかしいと伝えること」「被災者・被害者自身が、事実を自分の言葉で伝えていくこと」「それらを将来に伝えていくこと」が、今私にできることであり、やるべきことだと思い、原告団の代表にもなって、各地を訴えにまわっている。

 この2つの報告を聞いて、時の権力者にとって都合のいい教育・報道という実態があらわになったものだと怖くなりました。そして、今、戦争歴史認識問題や秘密保護法という恐ろしい法律が着々と進行中という実態も改めて考えさせられました。
(森松さんが原告になるまでの手記は、「母子避難、心の軌跡」という書籍にもなっています)
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